2024年03月31日
曖昧な喪失の対処には希望と情を棄てること、そして (第三の思考若杉の経験則より)
はい(^_^)/結論です
以上
~
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光りとなり
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以上
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曖昧な喪失に対しての対処法は
当事者自身がその事に対しての
希望と情を棄てること
そして
未練を断ち切ることが出来れば
折り合いを付けることが出来れば
曖昧な喪失から抜け出せます。






はい今回のお話しは(=゜▽゜)健康の定義の
肉体的・精神駅・社会的の3つの内
精神的の心と気持ち(≧∇≦)のみに絞らせていただきます
心とは
私達が感じたこと感じていることの総てを指します
特定出来ない場合に人は「こころが痛い。
」と囁きます

気持ちとは
こころの中で少し纏まり、思いや考え思考を通って
向けられる形なったものが気持ちです
人は「気持ちが向く。」とか「気が散る。
」って言って自分や

自分以外に向けてます伝わります
そこで今回の(=゜▽゜)曖昧な喪失ですが
こころの中のどの場所かが特定出来ますその場所は
希望と情です
ですから(=゜▽゜)曖昧な喪失は
思いでは「なんで私だけ
」で気が自分に向きます

気持ちがそこから離れられないので「取り残された」思いや「離れたくない」思いになつてしまいます
希望とは
人が最後の最後まで持ち続けることで

その人を最後まで支え続けてくれるものが希望です
情とは
疑って疑って疑ってそれでもまだ尚且つ疑って
最後の最後に残った
一雫が情です






はい(^_^)/まとめます
曖昧な喪失とは
希望と情の副産物として起きているが
曖昧な喪失で
頭では解っていても思いが残り気持ちが向かない
が!曖昧な喪失なのです
通常な状態であれば
情があるから
愛情が芽生え優しくも
自分以上の存在にもなるのです
希望があるから
その
光りの方へと進み導かれるのです
が


善が有れば悪も有る
表があれば裏がある作用すれば副作用があるのと同じで
希望と情の副産物が曖昧な喪失なのです
ひょっとしたら
の希望と

拭っても拭っても拭い切れない最後まで残り続ける
ひと雫が情です

頭では解っていても

思いや気持ちは裏腹で
希望と情が心の中でよく練られて一つになって未練に変ります
ですから曖昧な喪失への対処方法は
未練を断ち切る
か

折り合いを付けるかです
未練を断ち切るのも
折り合いを付けるのも
出来るのは当事者自身だけなのですが

思いや気持ちに対してなら
親身になることで
( ・∇・)手助けお手伝いの支えになれるかもです
親身になるとは
先にその苦労を経験し超えて来たから
折り合いを付け今も引き摺って引き連れているから
笑って( ・∇・)話してくれるひとのことです
そんなひとの話しを聞くことで
私一人じゃなかったんだ
と 思わせて くれる ひとです


よんでいただきありがとう
御座いました






余談(=゜▽゜)ですが
曖昧な喪失は消滅
しません

何かの事で
心の琴線に触れると記憶の想起がおき
その感情が蘇ります
が大丈夫です

対処の仕方・折り合いの付け方は学習済みなので
同じ様に同じ方法で同じ事をして
曖昧な喪失を静めます
若杉の場合わ一晩寝て
寝たら
忘れる(≧∇≦)です

ただしこの方法を体得するまで数年かかりました(≧∇≦)です
タグ :Aiの為の心理学
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Posted by わかわ at 15:56│Comments(0)
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