フリーレンに感化され第三の思考の魔道書を書いてみた (第三の思考輪若杉論)
イメージしたものを
形にしたり
変化させたりすることを
魔法と呼ぶのなら
その魔法は現在では
科学や化学と そう呼ばれている
現在の科学(化学)は
一昔前までの魔法の様なことをしているのだから
その魔法で地球は狭くなっている。
~~第一章~~
魔法が誰にでも使えると いいよね、
科学における絶対条件は
誰が試しても使っても可能であること
誰もが使えるが絶対条件になっている。
誰でもが絶対条件なのだが
科学も魔法も使う為には
発動条件をクリアーしなければならない
知ること学ぶことはもちろん
知識と探究それに興味 技術や経験
扱う使うもの、やコントロール
努力と根性・忍耐などを
継続的にこなさなければならない
それと
才能とセンス(感性)もである
科学も魔法も誰もが使えるが絶対条件そして
魔法も科学もイメージを形にする・変化させる為の手段にすぎない。
~~第二章~~
この世の中は三つのものから出来ている
それは
形のある物、形のないもの、そして直ぐに消えるもの、
形のないものは
感情、感覚、おもいや気持ち考え
違和感、優しさ、雰囲気、気分に
繋がり、関係、恐怖に好き嫌い
それにイメージと自分でもわからいモヤモヤなどの
感じたこと
その人の中だけに有るものだけど
形はない感じることしか出来ないもので
その感じたことを称して人は心 形のないものをそう呼んでいる
直ぐに消えるもの
行動、言葉に社会や時代、その時あの時
画面に映し出されたものなど
見る事、感じる感じさてくれるものだけど
同じ物を誰もが触れる事、手に取る事が出来ないもので
記憶にしか残らない記憶にも残らないものが
直ぐに消えるもの
形のある物は
形のないもと直ぐに消えるもの以外の
ほんのわずかな
誰もが出来て作れて触れる事の出来る
形の有る物
そしてそれら三つは人それぞれの記憶に残る
その記憶はその人にしか使えないし感じない
~~第三章~~
イメージは頭の中で湧いてくるもの、
イメージは感じるものだけど
使うものがないと感じない
感じないとイメージが湧かない
感じるために使うものは
形のある物では身体を使う
身体を使わなければ
何も感じない
頭の中では記憶を使って感じている
記憶していたことが身体が感じた刺激で
別の記憶と相まって感じて感じたことを記憶する
記憶はないものだけど
脳細胞の中に有る物だけど
自分にしか使えないし感じない
身体を使うことでの刺激を感じ頭の中で記憶を使ってるときに
イメージが頭の中で湧いてくる。
~~第四章~~
魔法と科学の盲点、
イメージを形のある物や直ぐに消えるものに
変える為に使うものが
魔法や科学なのだが
魔法や科学にも盲点が ある
魔法の場合は
天地がひっくり返ることがあるで
科学の場合は
ゼロも無ければ100もないである
それは科学も魔法も
1対1の対応でしか対応仕切れていないのに
心も身体も複数の多くのもので構成されている為である
魔法も科学も絶対はないものである。
~~第五章~~
魔法も科学も使えないけど、
イメージを形にしたり直ぐに消えるものにすることは
誰にでも出来る
絵を描く、話しをする、文章にしたり
行動で態度で示して人に伝える
イメージを人に伝える1つの手段が
科学と魔法
イメージを形にするのが出来るのが
科学と魔法
科学と魔法を使うには
それなりのことを身に付けないと
使えないし そう感じてもらえない
イメージしたものを伝えるために 形にしたり
変化させたりすることを
魔法や科学と 呼んでいる
関連記事